※この記事は「私の経営者名鑑」の編集部へ寄せられた紹介記事
都市や地域の「まちづくり」に興味があっても、「行政や大企業しかできないのでは?」と思った経験はありませんか。実は、地元の住民や事業者、専門家が力を合わせることで、暮らしやすい街や持続可能な社会づくりに貢献できる時代になっています。しかし、「どんな人たちが、どんな仕事をしているのか」「一体、どうやって現場は動いているのか」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
今回取り上げる中塚一(なかつか はじめ)さんは、その地域再生や都市計画の最前線で長年活躍している、まちづくりの専門家。大阪・京都を拠点に、現場の声に耳を傾け、一人ひとりに寄り添う街づくりを手がけてこられました。この記事では、「中塚一さんってどんな人?」「なぜそんなに支持されているの?」「どんなふうに地域と関わっているの?」といった素朴な疑問に注目。都市づくりに関心がある方はもちろん、日々の暮らしや地域コミュニティの未来に興味がある方にとっても、ヒントを感じられる内容になっています。ぜひ最後までご覧ください。
建築と都市計画、両軸で歩み続ける専門家の顔
中塚一さんは、株式会社地域計画建築研究所(アルパック)の代表取締役社長として、まちづくりに関する実務と組織経営に携わっている方です。その活動の領域は非常に幅広く、都市や地域の再生プロジェクトから、教育現場での人材育成まで、さまざまな分野で存在感を示しています。
特に、建築設計の実践力と都市計画における先見性の「両輪」を持ち味としているのが特徴で、一級建築士や技術士、都市プランナーといった専門資格も取得。建築の知識と街全体を見る視点のバランスが、多くの人から信頼を寄せられている理由のひとつといえるでしょう。
例えば「密集した市街地」や「再開発が進む中心街」といった、課題が複雑に絡み合う現場でも、自身の専門性を生かし、関係者の意見を丁寧にまとめながら取り組んできた実績があります。
まちの魅力を引き出し、住んでいる人の生活がより豊かになるような都市計画。それを一歩ずつ実現するため、現場で積み上げてきた知見に、私は率直に感銘を受けます。
「人をつなぐ」エリアマネジメントのプロフェッショナル
中塚さんのもうひとつの大きな特徴は、「地域の人と人をつなぐ存在」であることです。
大阪の大動脈とも言える「御堂筋」エリアを中心に、商店街や住民、行政、企業、大学など幅広い関係者と連携。たとえば「ミナミ御堂筋の会」では、エリアマネージャーとして、地域の賑わいづくり・歩きやすさの向上・未来の街のカタチを描く調整役をこなしてきました。
大阪・関西万博(2025年)を見据えた「御堂筋サテライトプラン」や、まち全体を「博覧会会場」と位置づけて行われる「まちごと万博」といった大規模プロジェクトにも深く関わっています。行政や民間と一緒になって進める社会実験や、住民参加型のイベント、歴史ある通りや商店街を生かしたエリアづくりなど、「まちのど真ん中」で起きている変化を支える要となっているのです。
私が印象的だったのは、「万博は一時的なイベントではなく、その先の長い未来を地域に残したい」という中塚さんの姿勢です。「官民連携」や「地域みんなでつくるまちづくり」という言葉が単なる掛け声でなく、現場で愛され、頼りにされている背景には、このようなブレない想いがあるのだと感じました。
地元・関西の街を舞台に、現場を「動かす力」
中塚一さんは1961年京都生まれ、滋賀県育ち。1984年に広島大学工学部(建築学科)を卒業後、1988年からアルパックに所属しています。以降、都市計画や建築プロジェクトに30年以上一筋で携わり、長いキャリアを積み重ねてきました。入社後は着実に社内で実績を重ね、計画部長、取締役、支店長などを歴任。2020年から代表取締役社長として、事業全体の舵取り役を務めています。
特に地域を巻き込むプロジェクトにおいては、たくさんの声を聞き分けて合意形成をはかる「仲介役」として、現場の信頼を得てきたのだそうです。「住んでいる人・働いている人・通っている人、それぞれの気づきを尊重し、街の将来像を話し合う場づくり」に熱心で、歩行者空間づくりや街中でのイベント企画、歴史的資産の活用まで、日常生活のあらゆる場面に入り込む丁寧な姿勢は、個人的にも見習いたいポイントです。
大手資本による開発一辺倒ではなく、「地域らしさ」や「人間らしさ」を大切にしたまちづくり。私自身、都市再生というと遠い世界の話につい感じてしまうのですが、中塚さんの働き方は「手ざわり感」のある現場主義であり、親近感が持てるスタイルだと感じました。
受賞歴と評価、現場で「認められてきた」足跡
中塚さんの長年の取り組みは、高い専門性だけでなく、成果としても目に見える形で評価されています。2018年には、日本都市計画学会関西支部から「関西まちづくり賞」を受賞。これは「伊丹郷町」で、公民連携を生かした持続可能なまちづくりを実現した功績に対して贈られたものです。
また、「寺田町プレイス1」プロジェクトではグッドデザイン賞や大阪市ハウジングデザイン賞なども受けており、良質な住環境の設計や都市地域の再生が形として評価されています。
受賞歴そのものも立派ですが、何より「現場に根ざした取り組みが、地域のモデルケースになっている」という点で、広い世代や分野の人から頼りにされている印象です。賞という形で努力が実を結ぶのは、コツコツと現場で積み上げてきた信頼の証だと思います。
教育や地域ネットワークづくりにも情熱を注ぐ
中塚一さんは、「現場での実践」と並行して、次世代の育成や知識の共有にも力を入れています。大学の非常勤講師や客員教授として、近畿大学・大阪産業大学・大阪公立大学大学院・広島大学などで教壇に立ち、都市計画分野の教育現場を支えています。
また「適塾路地奥サロン」といった交流の場では、月1回の勉強会を長年にわたり主催。研究者や実践者が情報交換をする「学び合い」「教え合い」の文化を大切にしているといいます。自身も持続的な活動のなかで、他地域・他分野の人々とネットワークを大切にしている点は、私もぜひ見習いたい考え方です。
地域社会や課題解決に関わる業界団体にも多数参加し、日本都市計画学会、日本建築学会、都市住宅学会、全国のエリアマネジメント組織、関西ネットワークシステム(KNS)などのつながりを通じて、知見のハブとなっています。「専門家だけの世界」にこもらず、幅広いネットワークで「地域の開かれた成長」を目指している柔軟さが印象的です。
「自律」と「襷をつなぐ」想い――これからのリーダー像
中塚さんご本人が日ごろから強調するテーマのひとつが「自律」です。
依存的ではない、他律でもない、「自分の価値観・信念に沿って責任を持ち、自分らしく判断し行動する」ことの大切さを、街づくりにも組織経営にも重ねて語っています。組織改革の現場では、「自律型経営」「主体的メンバーの集まり」「みんながどこかのリーダー」という運営スタイルの醸成にも心を配っているとか。外からの指示を待つのではなく、自発的に「やってみる」風土を育てることが、結果的に地域社会や企業の持続可能性につながるという考え方です。
また、「襷(たすき)をつなぐ」という表現で、次世代への想いも率直に語られています。還暦を迎えた今、これまで積み上げてきた知見を次の世代へしっかりと渡していく使命感。まちづくりの分野でも「バトン(襷)リレー」のように、経験やネットワークを自然な形で引き継げる場づくり、青年世代のチャレンジを応援する風土づくりを目指している点に、私は新しい時代のリーダー像を感じます。
地域を「みんなの居場所」に――現場と未来を見据えた名経営者
日常の現場で泥臭く動き、地域の歴史や文化を大切にしながら、次世代への道筋を丁寧に描く。中塚一さんの姿勢は、どこまでも「地に足のついた」ものでありながら、同時に力強く、清々しい印象を受けます。
特別な肩書や派手なエピソードに頼らず、地道な現場の積み重ねで信頼を築く姿。「地域経済循環」「コミュニティ型の地域運営」など、変わりゆく社会課題に応じて柔軟に方法をアップデートし続けている点も、目を見張るものがあります。
実は、空き店舗を活用した地域実験や、身近なランニング活動にも取り組み、「コツコツ型チャレンジャー」として、仕事・プライベート問わず前向きな姿勢を貫いているそうです。「人生は40歳で折り返し地点」という発言も含め、どんな時代も「ワクワク感」と「前のめりな好奇心」を忘れない姿勢に、私は大いに刺激を受けました。
街と人の距離を縮め、未来に向けて「みんなの居場所」を作る――
中塚一さんの営みは、派手さはありませんが間違いなく「着実な歩み」が感じられるものです。地域や都市、組織や人のつながりを大切にしながら、一人ひとりが力を発揮できる環境づくりを、今日も静かに、しかし確実に進めているのだと、私は思います。
これから地域と共に、さらに歩み続ける
中塚一さんは、都市計画や建築設計の専門性、エリアマネジメントの現場感覚、教育現場での熱意を併せ持った、地域密着型の経営者です。
「地域に生きる」「人と人をつなぐ」「自律的に挑戦する」というキーワードのもと、これからの時代に必要なリーダー像を体現していると私は感じます。都市や地域に関わる方はもちろん、日々の暮らしをより良くしたいと願う全ての人にとって、その姿勢や活動から学べることは多いはずです。
私自身、「自分たちの地域を、自分たちで考え、少しずつ良くしていく」。そんな勇気とヒントをもらえる、中塚一さんの生き方に、今後も目を向け続けたいと素直に思いました。
※この記事は「私の経営者名鑑」の編集部へ寄せられた紹介記事

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